ヘドバン男子の脳みそ大解剖

ヘドバン男子の脳みそ大解剖

子供が憧れるようなカッコいい生き方を模索しながらワクワクするものや広島グルメを紹介したりする超絶怒涛の雑記ブログ。

「諦めない事」と「引き際を見極める」という事。

どうも、Shinです!

 

何かにつまづいた時、このまま続けるかどうか迷う事って誰しもあると思います。

今回は僕が経験した事と、そこで僕が取っていった行動を誰かの参考になれば、また自身の備忘録としても書いていきます!

※なんだか愚痴にしかならなかった気がする!

 

長年続けた業種を辞めたことから全ては始まった。

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僕は長年、介護職に勤めていました。

場所を変えたりはしたものの、10年近くは働いて役職も頂くようになっていました。

 

ただ、自分としてはどうしても惰性で勤めている感が否めなかった。

そもそもが「どうしても介護がやりたい!」と意気込んで入ってきたわけではなかったこともあり、他職種への興味を捨て切れずにいたんですね。

とはいえ

もう結婚して子供は居ないものの、守るべき家族もいる。

アラサーで転職は簡単にはいかなくなってくる。

やるなら今しかない!という気でいっぱいでした。

 

転職最後のチャンスとして動き始めた。

定年を迎えた時に「この仕事しかしなかったなあ」と思う事が嫌で、遂に始めた転職活動。

特に何件も受けまくることもなく、1件だけコレだ!と思って応募した先で書類選考、2次選考、最終試験とスルスルと通り見事合格。

稀代のラッキーマンだったのか、自覚しない才能でもあるのか・・多少なりとも浮かれたのは事実です。笑

そして相手にする客層も、業務も前職とはカスリもしない、音楽に合わせて体を動かしていく最先端のフィットネス業界に飛び込んでいきました。

 

この辺りから様子がおかしくなってきます。

 

東京にて3〜6ヶ月の研修が決定。

入社の話を進めていく上で、研修があるとは自覚していましたがまさかこんなに長いとは・・。

しかも僕は世帯持ちです。妻は地元に置いて、ほぼ単身赴任という形になってしまいます。

おまけに問題だったのが、この頃から夫婦で不妊治療を始めていたんです。

お互いの検査までは進める事が出来たものの、何しろ妊活です。

 

パートナーが居ないことには治療が進みません。

 

とはいえ、ここまで進めた話を切るなんて選択肢はどうしても無く

めちゃくちゃ頑張って最速で帰ってくる」と約束し、一人東京へと飛びました。

寂しがりな嫁だったので、お別れで泣かれてしまって心を痛めた記憶は今でも鮮明に覚えています。

 

全力東京生活

初日から大きな洗礼

どうも名物と言われている、親会社の新入社員研修。

これがもう狂ってて、TVなどでよく見る王将の研修とか、そういうのは可愛いもんで。

会社名を検索しようものなら 二言目には「宗教」というワードが出てくるほどです。

中には異常を感じた親が連れ戻しに来たりする事もあるようです。

僕らの時は一名救急車で運ばれ、心因性のストレス?かでしばらく下半身が動かなくなった子が出ていましたね。

この数日でガッチリと会社に染まる脳みそに仕立て上げられます。

 

無事生還し勤務スタート

東京での生活は寮生活。シェアハウスタイプでしたが個室があり、食費以外は会社持ちだったので大きな不満はありませんでした。

唯一困ったのはキッチン。

各階に5、6人が共同で使うものが1つあるんですが、これが小さい。

ワンルームで設置してあるようなシンクと一口のIHヒーター。

一人調理を始めれば他の人はもう何も出来ない。米も炊けない。

冷凍や作り置きなどいろいろ試すも、難しい事が沢山あり、食べる量がみるみる減っていきました。

 

反比例して研修は身体フル稼働。座学もテスト。テスト。テスト。

身体の方のテストを控えながら、座学のテストを受けたり怒涛のスケジューリング。

もちろん消費カロリーは爆上げ。

ぽっちゃりさんには嬉しい効果も、僕にはあまり好ましくない結果に。

 

1ヶ月で6キロ減量

消費カロリーの増加と摂取カロリーの減少で一気に減量。

外食の手もありましたが、実家と自分で別れて住んでるぶん、自由なお金は少ない。

周りは20代前半、独身の方達が多いので払うものも少ないんでしょう。

今月一人で食費に10万かかった」なんて訳のわからない宣言を聞きながら震えていました。どうやったらそんなに食に使えるのか・・。

まあ、そもそもデブでもない僕が一気に減量してしまうと「免疫低下」が起きてしまいます。

バッチリ風邪引きますよね。

 

同時に謎の知覚過敏症状に悩まされ始めた僕はどうにもたまらず歯医者を受診します。

環境が変わったストレスなのか、元々そういう癖があるのか、歯を食いしばってて歯が擦り減ってるとの事。

オマケに虫歯まで複数発見。

Shin、東京にまできて歯医者に通い始める。

 

子供ができました。

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そう嫁から電話で知らされたのは東京に来てから1ヶ月経とうかというくらいだったか。

なんと、東京に来るギリギリまで頑張っていた成果が出て無事お腹に胎動を確認できたと連絡を受け、めちゃくちゃ嬉しい!と思う反面、同時に来る不安。

大変な時にそばにいてあげられない。

とはいえ、今すぐ帰ることもできない。

僕に出来る事は結局同じ「めちゃくちゃ頑張って最速で帰る」こと。

上司を呼び出し「頑張って全部早く終わらせるから終わったらすぐ帰らせてくれ」と駄々をこねるくらいしか出来ませんでした。そうは言ってもスケジューリングは決まっているので、僕に出来る事は大量のテストを全て一発で合格する事のみ。

 

この頃には体重はもう2キロ落ち、8キロ減量。

なんだか持ってきた服が大きくなるというコナン化現象発生。

 

帰る日決定!

全国から集まる中、会社都合で地元に帰れず1年くらい経過している人も何人もいました。

そんな中、帰ると言われていた日より結局半月遅くなったものの帰る日が決定。

この頃には、ほとんど1スタッフとして各店舗で働いていたのであとは日々の業務を頑張るのみでした。

かかった期間は3ヶ月。

再開した嫁はつわりも落ち着いてきた頃の妊婦という状態。

申し訳ない気持ちと同時に妊婦の扱いが分からずアタフタしました。笑

 

地元勤務スタートと問題の発生。

再開を祝し、家族にも宴会を開いてもらい勤務を始めるも初っ端から問題は発生。

通勤形態が徒歩か公共交通機関しか許されていない会社なのですが、東京と違い電車などのダイヤはそこまで多くないですよね。

そしてシフト制なので朝は早い時は4時起き、帰りは遅くて夜中1時頃。

そうなると少し距離のあった僕は始発、終電などが無くなるんですね。

 

でも公共交通機関しか許されない。

まあ確かに書類に「通勤無理なら引っ越せ」って旨が書いてあったのは記憶してるんですよ。無茶言うな。

 

結局、電車はあっても駅まで行くバスが無くなってしまった僕は駅の駐輪場契約を試みるも空きなし。上司に相談するも解決しないまま投げられたので、許されていないバイクでその辺に駐めたりしながら毎日過ごしてるのが現状です。

休日出勤も強いられるので、危険性は更に増します。

この通勤問題が1つ。

 

MONEY

お金。避けて通れない問題。

最後のチャンス、挑戦として転職したし多少年収が下がってしまう覚悟はありました。

が、僕の誤算が2つ。

実質ボーナスがない。

収入を見る時、月収ではなく年収をよく見ろとは言いますが、まさに。

ボーナスは全社員がめちゃくちゃ頑張って数字をあげた時にだけ支給される。部門は2つ。レベルが2つありMAXで2ヶ月分。

冬のボーナスは「0」でした。個人がいくら頑張ろうと全体が数字を取れなければ意味がありません。

子供が生まれる。

もちろん嬉しい誤算ではあります。

が、子供が生まれるとなると挑戦とか言ってられなくなります。

さらに守るべきものが増える。

家族を安心させ、食べさせていく義務が僕にはあります。

 

月収も下がり、ボーナスまで無くなれば年収は大幅にダウンしますよね。

 

そして転職活動と金銭問題により数ヶ月後に住み始める新居のローン審査まで危うくなることに。

通らなければ数百万円の違約金の可能性も。

なんとかここは無事に通過できましたが、心配するあまり家族にも随分追い込まれ「自分が転職なんて言わなければ・・」と自責の念の塊でしかありませんでした。

金銭問題。いつの時代も人を悩ませるものです。

 

医療費がかさむ。

前述したようにかなり幅の広い時間帯の勤務なので0時以降にご飯を食べたりすることになります。晩飯として弁当を持っていきますが、出勤後すぐに全ての休憩をとらされたりするのでその場合、昼過ぎに晩飯を食べざるをえません。そうなると流石に帰ってから腹ペコ。

夜中なので食べたら急いで寝て明日に備える。

そんな不規則な生活を送っていたのも一因でしょう。

めちゃくちゃ肌が荒れ始め、ここでまた通院することになります。

 

そして体重も元には戻らないまま、自律神経が崩れ、免疫は低下したまま。

ばっちりインフルエンザに感染!

今年に入って20日程度ですが、既に医療費が1万円オーバー。それまでこんなに病院に通いまくった事がなかったので自分でも驚いています。

結局こういうものも、額面には見えませんが給与の低下となり得ますよね。

 

もうこの辺まで来るとメンタルはかなりやられています。笑

 

再転職?このまま頑張る?

そうなると、この悩みです。

給与の伸び代があることと、立候補で同じ会社の別事業に回る事も出来るのが強みの1つなんですね。

頑張って上の方まで行けば前職を圧倒的に上回るほどの手当は出ますが・・そこのポジションにいる方は全国にいる社員の1割ほど。

まあ頑張り次第ではあるんでしょうけど。若い夢追い人であれば凄く楽しく働けるのかもしれません。

実際、若い子たちは楽しんでいるのか麻痺しているのか、休日出勤も苦ではないというかやらないといけない事みたいに自覚しているようで。感心しつつも、そこに危うさを感じたりもします。

 

家庭の安定を最優先すべき僕としては、自分の体も守る必要もあるし再転職の意思を固めました。

 

と、ここでようやく天の声が現れます。

 

前職の人事と再開

嫁とは前職で会社が同じだった事もあり、歳も一緒だった人事は僕の事を気にかけてくれていたようで、ある日「戻ってこないか」と声をかけてくれました。

以前、僕の後釜として入った人材が辞めてしまうようで、また同じ役職で復帰してほしい、と。

社長とも再度お話させて頂き、春には出戻りすることになりました。

 

当時より年収も上がり、働き方もだいぶ楽になることが決め手でしたが、もちろん難しく感じる事もあります。

 

一度辞めた者が再び帰ってくる事を良く思わない人もきっといるでしょう。

役職持ちだったからこそ、取引先もまた混乱させてしまいます。

 

で、あれば以前より質の高い仕事が必要になります。

妻子持ち、不動産持ちともなればもう腰を据えなければなりません。

 

考え方次第では結果オーライ?

家族に相談すれば「前の会社にいたままじゃ昇給もなかったかもしれないし、半年の外部研修だったと思ってまた頑張れ」と言います。

 

確かに、失敗で終わらせない自分の糧にすることが必要なんでしょうね。

得たものも沢山あるはず、それを活かして頑張らなければいけないと思います。

 

こうしてブログを日常的に書ける日が取り戻せるかもしれない事も嬉しいことの1つですね。

 

今回の転職まとめ

状況を見れば僕の転職は失敗だったのでしょう。

  • 体調を崩して激やせ
  • 年収の大幅減少
  • 家族サービス時間の減少
  • 住宅購入や健康で家族に多大な心配をかけた
  • ブログ執筆の時間を失った

パッと思いつくだけでもこれだけ。

ですがもしこれを経験していなければ、僕は今もどこか転職先を探しているのかもしれません。

そして今時の会社の考え方やノウハウを吸収する事も出来ました。

共感できないものもあれば、日常に取り入れたい考え方もあった。

 

結局、この転職が失敗か成功か決めるのは今後の自分の行動なんでしょうね。

腹括っていきたいものです。